最後に聴いたのは、ドプンという水音。
あぁ、水の中に落ちたのだと思った。
次に目が覚めたら、ひんやりとした空間に横になっていた。
…僕は死んだのか?
「やぁ、目が覚めたのかい」
ふいに呑気そうな声が聞こえ、びくりと体を揺らした。
ぐるりと首を回せば、そこには釣り糸を垂らした男が座っていた。
「久しぶりのお客さんだからね、ちょっとびっくりしたよ」
はは、と笑う。
「…あの、ここは…?どうして僕はここに…」
改めて辺りを見回してみると、そこは洞窟のようだった。
だけど、陸地は僕と男がいるところだけで、周りは全て水だった。
青緑色に見える水はひとつの湖のようで、とても深そうだ。
出入口のようなものは見当たらない。
上を見上げてみれば、高く高く続く天井。
光が差し込んでいるわけでもないのに、洞窟内はぼんやりと青白い。
一体いつ、こんなところへ来たんだろうか。
「?」
ふと自分の体を見ると濡れていた。
「ここに来るお客さんはね、皆湖からやって来るんだ。だから、濡れてるんだよ」
僕の様子を見ていた男が、そう言った。
「ここがどこなのか…それはぼくにもわからない。ぼくは気付いたらここにいた」
唐突に話し始めた男は、どこか遠くを見ているようだった。
「ここにはぼくしかいない。ずぅっと、ひとりなんだ」
「………」
「でも、たまに君みたいに“誰か”がやって来てくれるから、寂しくない」
でもどうしてやって来るのか、ぼくにもわからないんだよねと苦笑する。
「ここは君たちの世界とは時間の流れが違うみたいでね、」
ゆっくりと男がこちらを向いた。
「君たちの言う50年が、ここでは1年なんだ。
昔、“ここ”に来たお客さんが言っていたよ」
あれはいつの話だったかな、と顎に手をやって考えているようだった。
「…あなたは、今までの記憶が全部あるんですか?
その…僕らの世界で言う何中年ぶんもの記憶が」
「もちろん。ぼくにとっては、“ここ”での1年だからね。今は23年目くらいかな」
全く想像がつかなかった。
「ねぇ、それより君の“趣味”はなんだい?」
「趣味、ですか?」
「うん。今やってるこの“釣り”っていうのはさ、実は12回目の“趣味”で昔したから、
飽きてきてしまったんだよね。そろそろ違うことしようかなと」
どうやら今までのお客さんから、1つずつ趣味を教えて貰っているようだった。
「僕の趣味は…」
なんだったろうか。
「…絵を、描くことです。頭の中に浮かんでくるものを、自由に」
「自由に、か。それは面白そうだ」
にっこりと目を細める。よかった。
「…あぁ、残念だ」
ぴくり、と何かに反応すると、男は首を横に振った。
「もう時間がないようだね。今回は短かった…」
なんのことだろうと不思議に思っていると、それまで座っていた男が立ち上がった。
「お別れのようだ。また、と言いたいところだが、同じお客さんが来たことはないんだ」
僕の方へ歩み寄りながら、「君とはもう少しゆっくり話したかった」と言う。
…僕はそんなに魅力的な人間じゃない。だって僕は、
「気をつけて、お帰り」
「っ!?」
ドプン。
僕は男に胸を押されて湖に落ちた。
あぁ、またこの感覚。
深く深く沈んでいく体、もう男の姿なんて見えない。
…せめて、あなたの名前を聞きたかった。
そんなことを考えながら、
そこで僕はブラックアウト
10.09.17
2ヶ月くらい前に見た夢をもとに。
title by ユグドラシル