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ゴトン。


「!」
重く何かを叩き付ける音に、うつらうつらと舟を漕いでいた私はぱちりと目を覚ました。
最初に目に入ったものは暖かい色。続いて耳に届く、パチパチと爆ぜる音。ああそうか、暖炉の火に当たっていたのだ。とすれば、先ほどの音はくべていた薪が折れて床に落ちた音だったのだろう。その心地よい暖かさに、ついつい眠気を誘われてしまったのだ。
ふとそこで、私の膝の上で何かがもぞもぞと動いた。正確には、私の髭の中で。
私の自慢の髭は白く柔らかく、椅子に座れば太ももは全て隠れてしまう。(だが、やはりどう見積もっても彼の有名な某魔法学校校長には勝てない。)
「ようバルト。いい夢見れたかい?」
目を覚ました時にピクリと動いた私の体に気が付いたのだろう。髭の中から出てきた私の小さな友人は、私の膝の上に腰を下ろした。その目には、私をからかう様な色が伺える。
「そういうお前こそ、気持ちよさそうに体を丸めていたじゃないか」
そう、私は知っていた。私が睡魔に身を委ねようとする少し前に、友人からすぅすぅと寝息が漏れていたことを。むしろ私に追い打ちを掛けたのはその寝息だったと言っても、嘘にはならないだろう。
私の言葉を聞いて、友人は「それを言うなよ」とでも言いたげに肩をすくめた。



「ところで、」
ゆらゆらと暖炉を見つめながら、私はロッキングチェアで揺られていた。相変わらず私の膝の上にいる友人は、体を丸めたまま私を見上げる。
「今日はどんな夢を見たんだい?」
先ほどの質問に続けたような言葉だった。そういえば答えていなかったなと思い出す。いやでもあれはそもそも、私の返事を必要としていた質問ではなかっただろうが。それでも、私の友人は私が目を覚ますと必ず私の見た夢の話を聞きたがる。昔、どうしてそんなに私の夢が知りたいんだと尋ねたら、「オイラは夢を見ないからさ」と言っていた。私は今まで夢を見ない眠りに落ちたことがなかったから、その言葉が信じられなかった。けれどそれは友人も同じようだった。
「今日の夢は、静かでどこか物悲しくて、それでいてとても情熱的だったよ」
「………。バルト、それ言葉の使い方を間違っちゃいないかい?」
「まさか。私はありのままを言ったまでだよ」
一瞬目を丸くした友人は、次の瞬間にはその大きな目を普段の半分の細さにしていた。つまりは私を睨んでいた。からかってくれるな、と。しかし私の見た夢は本当に、静かで物悲しくて情熱的なものだったのだ。



「一人の少年と一人の少女が出てきたよ」
「駆け落ちでもするのかい?」
友人は興味なさ気に相槌を打つ。まだ先ほどの私の言葉に納得がいかないようだ。
「いいや、少年が殺人を犯すんだ」
「そりゃ過激だね!とっても刺激的な夢だ」
ピクリと耳を動かした友人は、どうやら興味が湧いたようだ。全くわかりやすい性格をしている。私は内心、その友人の素直な行動に思わず笑みをこぼした。
「少年が少女を守るために人を殺してしまうんだ。だけれど4人目の登場人物がいてね。そいつが少年を殺そうとするんだ。それを知った少女は、少年を庇うんだよ。そうして、「その少女は少年の代わりに死んじゃうわけだ」…。アルト、私の夢をお前の夢にしてくれるなよ」
はあとため息をついた。聞いてきたのはお前の方なんだから、大人しく最後まで聞いてくれないだろうか。思っても私の口から出ることはない言葉たち。
「確かに物悲しい夢だ。でも、『静か』と『情熱的』はどこに行っちまったんだい?」
「そう先を急ぐなよ。続きがあるんだ」
私がアルトの頭を撫でてやると、彼は大人しく目を閉じる。
「少年はね、密かに少女に恋心を抱いていたんだ。誰にも知られることもなく、ただただ静かに、少女を想っていた」
「身分違いの恋だったのかい?」
「いいや。身分なんて二人にはなかったよ。きっと知られたくなかったんだろうね、誰にも…」
「ふぅん…」
「けれどね、最期に少女が言ったんだ。私はずっとあなたが好きだったのよ、って」
「へえ!それって両思いってやつじゃあないか!」
「そう。二人とも、お互いにずっと好き合っていたんだよ。…だけど、知るのが遅すぎた」
「少女は死んじゃったものね」
「うん」
私を見上げるアルトの瞳は、どこか憂いを帯びていた。



「その少女にとって、少年はおとぎ話に出てくるヒーローだったかな?」
「だって、自分を犠牲にしてまで守りたかったんだろうから」と零すアルトは、静かにパチパチと燃える炎を見つめていた。今の彼は何を考えているのだろうか。彼と私はもうずいぶんと長い付き合いだが、今でもたまにわからなくなる。そもそも彼が一体いくつなのかも、私は知らないのだ。気付けば私の隣にはいつもアルトがいた。私の髭が、まだ顎の辺り遊んでいた時からだ。そもそも、アルトの年齢を外見から判断するのは困難だ。彼の体は全身真っ黒で、体型も昔とほとんど変わっていない。…しかしそんなことは私にはどうでもよかったのだ。だから今までアルトに尋ねることもしなかった。



「もしかしたら、少女の方が少年にとってのヒーローだったかもしれないよ」
「バルト、それはヒロインになるんじゃないのかい?」
「言葉のアヤだよ。そういう可能性もあるって話だ。…けれどまぁ、どちらにしろ二人はお互いが大切だったんだろうね」
私とお前のように、とは口に出さなかった。わざわざ言葉にしなくとも、私たちにはわかっている。当たり前のことのような気がしていたのだ。
「二人にとってのヒーローが、バルトっていう可能性もある」
「おや。なぜだい?」
「だって、バルトの夢の話じゃないか。バルトがいなくちゃ、二人はいないよ」
「それはわからないさ。私が知らないだけで、もしかすると二人はどこか別の世界に存在しているかもしれない」
「それでも、オイラたちの世界にはいないさ。少なくとも、今この空間には」
ニヤリという効果音が聞こえてきそうな程、アルトの口は綺麗に弧を描いた。なんだい、そのどや顔。
「だからきっと、バルトの夢の中の二人にとっては、バルトは自分たちを生み出してくれたヒーローになるよ」
「神様じゃないのかい?」
「バルトは神様って柄じゃない。見た目は近いけど」
間を置かず返してきたアルトがちょっと憎たらしく思えた。確かに、私は見た目だけなら神様になれるかもしれない。頭のてっぺんはちょっと禿げているけれど、丸眼鏡とか真っ白で長い髪の毛と髭とか。そういえばこの丸眼鏡との付き合いも長い。ツルが曲がってしまっているけれど、耳にかけられるから問題はない。この歪みにも、愛着が湧いてきたってもんだ。



「けれど、結局のところどんな物語にも確実なヒーローなんていないよ。誰だって、自分の人生では主人公なんだから」
そう思わないかい?と聞くと、膝の上の私の友人は「にゃあ」とひと言鳴いた。
まったく、こんな時だけ自分の役割を思い出すんだから、本当に困った友人だ。




ヒーローのいない物語

(オイラはいつだって可愛い猫ちゃんさ!)(ねずみよりも、チーズが好きな、ね。)


(110406)
Title by ユグドラシル