第二章




「ごちそうさまーっ☆」

カチャンとメルはスプーンを置いた。

「グレンってば、意外と料理上手いじゃん!?」

「その意外と、ってのはなんなんだよ?」

少し怒りを含めて言うグレン。

だが、メルはそれにもひるまず、ずけずけと言う。

「え〜?だって、グレンって不器用そうっていうか、料理って全然駄目そうなんだもん」

時折笑いを含みながら言うメル。

「ムッ。オレだってなぁ、このくらい出来るんだよ」

グレンが作ったのは、今日の狩りでシオンと山分けしたワイルドボアと野菜を炒めて、

更にライスをまぜて作った、グレン特製のピラフ…のようなものだった。

メルはそれがいたく気に入ったようで、一口食べた途端、歓喜の声を上げた。

「ま、人は見かけに寄らないって言うしね☆」

人差し指を立てて、「ねっ!」と可愛く言うメル。

グレンは、『これ以上メルと話していても、疲れるだけだ』と言うようにため息をつき、

皿を下げに席を立った。







「オレ、もう今日は疲れたから寝るけど…。お前はどうする?」

グレンは、フェルノードの部屋から持ち出した、どうやら恋愛ものの小説を

食い入るように読んでいるメルに尋ねた。 「え?グレン、もう寝るの?」

「ああ」

「じゃ、私も寝るよ。どこか部屋、空いてる?」

そう言い、手に持っていた本をぱたんと閉じる。

メルの言葉を聞き、少しバツが悪そうに目線をそらすグレン。

「あ〜…いや、悪いが今は空いてる部屋はないな。物置くらいしか」

「え〜…?そっかぁ…う〜ん…」

どうしたものか、と悩むグレンとメル。





しばらくして、グレンがぼそっと口を開いた。

「オレの部屋で寝るか?」




       ※       ※       ※




「ねぇ、ホントにいいの?」

ベッドに入り上半身だけ起こして、毛布をかぶって床に寝転がっているグレンに、メルは尋ねた。

「いいって。『れでぃーふぁーすと』だろ?オレだって男だ。そこまで女にひどくはねぇよ」

そう言って、メルに背中を向けるように寝返りを打つグレン。

結局、メルはグレンの部屋で寝ることになったのだ。

だが、メルは(一応)女であるし、客でもある、とグレンは自分は床に寝ると言って、

メルにベッドを譲っていた。

「そんなに気を遣わなくても良いのに…」

と、メルは少し申し訳なさそうに言い、ベッドにもそもそと潜り込んだのだ。



「電気消すぞ?」

「うん」



パチッ



部屋が、一気に真っ暗になった。

「おやすみ」

「ん」



静かな時が流れる。

少し開けた窓からは、小さな虫の鳴き声が聞こえてくる。

うるさくもない音で、耳には心地よい。

グレンとメルは、そんな心地よい中、ゆっくりと眠りへと落ちていった。









ゴオオオォォォォォ………





辺りは真っ赤に染まり、何も見えない。

完璧に視界は塞がれていた。



(っうわっ…!!くっそ…一体なんなんだよ…!!?)

グレンは、必死にその「赤」から逃げまどう。

だが、どんなに走っても、「赤」との距離は離れることなく、グレンを追い掛けてくる。



(も…駄目、か………?)

グレンが諦め掛けた、そのとき。

(!?)

辺りが、今度は白くなり―それは、まばゆいほどの光りで―、グレンは我慢できずに目を閉じた。











(…………?)

グレンが再び目を開けると、そこにはもう「赤」はなく、代わりに一つの影が立っていた。

(お前は…)

昨日の夢に出てきた、幼い頃のグレンと仲良く話していた、影…―。



『×××××××××』

ふいに、その影の口が動いた。

(え?)

だが、やはりその声はグレンの耳には届かない。

(な、なんなんだよ、お前っ!?)

いきり立つグレン。

だが、目の前の影は全く変わらない様子。





『ねぇ、グレン。約束して…?』

(えっ!?)

ふいにその声は聞こえてきた。

だが、前にいる影は口を動かしてはない。

しかも、その声はグレンの脳に直接聞こえてきているような、

まるですぐ側で言われたような聞こえ方だった。

グレンは辺りを見回すが、何もない。

もう一度前を向くと、

(!?)

そこには、もう影の姿はなかった。

(どう…なってんだ…、コレ…?)

グレンは何が何だか判らなくなり、フラリとよろめく。



ドッ…



(!)

グレンの背中に、何かがぶつかった。

…いや、グレンがふらつき、ソレに寄りかかってしまった。

(なんだ!?さっきは何もなかったはず…)

グレンがばっと振り返ると、そこにあったのは、





(!!うっ、うわああぁぁぁっっっっっ――――――!!!!!)












「…レンっ!」

(な…んだ…?)

「グレンっ!」

(誰だ…?オレを呼んでるのは…)

「グレンっ!!」



がばっ



「っ…はっ、はぁっ、っはっ…」

グレンは勢いよく上半身を起こした。

その体は、汗でぐっしょりと湿っていた。

「!よかった!気付いたんだ!」

フと声のする方へ顔を向ける。

「……メル…」

グレンは、今まで自分を呼んでいたのはメルだったということに気付いた。

「はぁっ…、っ…」

グレンの肩は、まだ上下していて、グレンは必死に息を整えようとする。





しばらくして、ようやくグレンの息も整い、落ち着いたようだった。

「グレン…なにかあったの?凄くうなされてたけど…」

メルが心配そうにグレンをのぞき込む。

「ん…いや…」

グレンは、ふと窓に目をやる。

窓の外は、まだ月と星が優しく輝く真夜中だ。

「悪ぃ…起こしちまったか?」

グレンは、気まずそうにメルに聞いた。

「ううん。…大丈夫?」

「あぁ…。ちょっと、水飲んでくる…」

そう言って、グレンは立ち上がり階段を下りていった。

「………」

その様子をメルはかなり心配そうに見つめていたが、グレンが部屋を出るときに、

それこそ蚊の鳴くような、やっと聞き取れるくらいの声で、

「もう、大丈夫だから…。寝ててもいいぞ…」と言っていたので、

メルはベッドへと再び潜り、そのまま再び眠りについた。









カタン…



グレンは、テーブルにグラスを置いた。

「っはぁ…」

口元を袖でぬぐい、今日何度目かのため息をつく。

まだ額にはうっすらと汗が滲んでいた。

「……っそ…」

ぼそっと、悪態をついた。

(なんなんだよ……っとに…)

グレンが目覚める直前に見た『モノ』。

それは、二度と思い出したくはないモノだった。

「…ぅえ…」

思い出すだけで、すさまじい吐き気が襲ってくる。

グレンは口元を押さえながら、椅子へと腰掛けた。







グレンが見たモノ…。

それは、この世のモノとは思えないモノだった。











グレンが振り返った時、そこにあったのは先程の影。

だが、その顔はドロリと溶け、左目が飛び出し、視神経でやっとのことで繋がり、

顎の辺りにぶら下がっていた。

歯はもはやむき出しとなり、顎の骨もわずかに見えていた。











(…思い出した…。あれは、確かにアイツだった…。でも、なんで今更…)

グレンは顔を両手で覆い、歯ぎしりをした。




       ※       ※      ※




「おはよーっ」

メルが二階から降りてきた。

「って、グレン!?まさか、あれからずっと起きてたの!!??」

そこには、朝食の準備をしているグレンの姿があった。

「ああ。早いな」

「う、うん…」

(目の下にクマができてる…)

フライパンで目玉焼きを焼きながら、ちらとこちらを見て力無く笑ったグレンの目の下に、

うっすらとクマができているのをメルは見逃さなかった。

グレンは、あれからずっと起きていた。

もう一度寝る気など起こらなかったからだ。

メルには恥ずかしくて言えないが、もう一度寝てしまえばまたアレを見てしまいそうで怖かったから…。

グレンは、必死にいつも通りを装った。

なるべく眠そうな仕草はせず、明るく振る舞っていた。

だが、やはりメルは狐の血が入っているせいもあるのか、動物的直感でばれてしまった。

「グレン…なんか昨日からずっとおかしいよ?なにか隠してない?」

「!?」

朝食のあと、メルが突然言ってきた言葉に、グレンはぎくっとした。

「べ、別に…」

効果音をつけるならば、たらりと、グレンの額に冷や汗が流れた。

あぁ、どうしてこの女はこうまで鋭いのか…。

「うそ!今、私から目そらしたもの!」

ちょっとしたグレンの仕草も見逃さないメル。

「………」

グレンは何も言えなかった。

「無理しないで?そんなグレン、私見ていたくない…」

今にも泣き出しそうな顔のメル。

(ぐっ…)

流石のグレンも、女のこういう顔には弱いのか、たじたじっ、といった感じだ。

「………はぁ。判った……」

ついに観念したのか、グレンはため息をついた。

「話すよ。…でも、笑うなよ?」

ちょっと口を尖らせ、子供のような仕草をするグレン。

そんなグレンを見て、少し安心したのかメルはほっとした。

「もちろん!」

グレンは、ここじゃちょっと、と外へと足を運ぶ。

どうしても、家の中という閉ざされた空間では息が詰まりそうなのだ。

メルも、グレンに続き家を出た。









グレンとメルが着いた場所は、グレンがいつもシオンとの待ち合わせに使う、

村の入り口の橋の側。

緩やかに流れる小川を前に、傾斜面の土手に腰掛けた。

「…実は、な…。ヘンな夢を見ちまったんだよ…」

グレンは、唐突に話し出した。

「…ユメ…?」

メルはオウム返しに聞く。

「ああ。

…オレがまだここに来る前―4歳頃だったと思う―に起きた事件の、な…」

「事件…」

メルはぼそりと呟き、確認するようにうなずいた。









08.11.18 一部修正


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