第三章




ぽかぽかと心地よい陽気の中、グレンは深刻そうな顔をしてその口を動かしていた。

「オレとそいつは、凄く仲が良かったんだ。

…今でもはっきり覚えてる。

毎日、飽きもせず二人とも遊んでた…」

グレンは腰掛けている足の間で手を組み、

自分の下に生えているまだ若々しい草に目を落としながら話し出した。

メルはそんなグレンの横顔を真剣な眼差しで見つめ、彼の話に耳を傾けていた。









オレの前にいた村は、ここから少し南西に行ったところにある。

2日もあれば着けるくらいの距離だ。

その村は、トールト村より少し小さくて、人もあまり多くはなかった。

オレはその村に生まれたんだ。





そいつとは、オレが3歳の頃に初めて会った。

名前はシェネイロ。

オレと同い年だった。



会った次の日からは、毎日二人で遊んでた。

朝から晩まで…。

近所のおじさんやおばさん達には、本当の兄弟みたいだって言われてたよ。

シェネイロは、オレより少し背が高くて、金に近い髪の色をしてて、しっかり者でオレの憧れだんたんだ。

賢くて、カッコイイやつだった。

同い年なのに、兄さんみたいで…。







グレンは、そこで一度息をついた。

少し悲しそうな顔。

メルは、何も言わずにグレンの続きを待つ。











「お〜い、グレン!!早くしろよっ!!」

家の外から、少し高い少年の声がした。

グレンはむくっとベッドから体を起こし、しばらくぼーっとした目で宙を見つめる。

しばらくして、突然ハッとなり、慌てて着替えをする。

(ヤバイっ!今日はシェネイロと約束してたんだ…!!)

焦りから、グレンはズボンの片裾に両足を入れて転びそうになったり、

ボタンを掛け違えたりとなかなか上手く着替えられない。



「あら、グレン。朝ご飯は?」

グレンの母、フェルノードが尋ねた。

「いらないっ!いそいでるから!!」



バタンッ



勢いよく閉まるドア。

その様子を見て、フェルノードはフフッと笑む。




「はぁっ、はぁっ…。ご、ごめん…シェネイロ…」

グレンは両手を膝に付き、息を整える。

「ふぅ…。まぁ別にいいんだけどさ。でも、今日は朝から遊ぼうって言ったのはグレンの方だろ?」

「…ごめん」

グレンはシュンとなる。

「それより、ちゃんと朝ご飯、食ってきたか?」

「…?ううん」

きょとんとした顔のグレン。

「バカッ!!」

すると突然シェネイロは顔色を変え、グレンを怒鳴りつけた。

シェネイロのそのいきなりの大声に、グレンはひぇっと体を強張らせた。

(なっ、なんだっ!?)

なにがなんだか判らない様子のグレン。

「ちゃんと食ってこなきゃダメじゃないかっ!オレ達まだ小さいんだから、昼まで持たないぞ!?」

初めて見たシェネイロの怒りっぷりに、グレンはただただ唖然とするばかり。

まさに、開いた口がふさがらない。

「ほら、これやるから」

そう言って、シェネイロはポケットから丸いボールのような物を取り出した。

それはシェネイロがいつも持ち歩いている、非常食を言っていたやつだ。

幾つかの木の実と、小麦粉、バターを混ぜて丸めた物らしい。

結構美味しい。

「う、うん、ありがと」

グレンはそれを一つ受け取り、もぐもぐと食べ始める。

「…本当はそれだけじゃ足りないんだけど…」

シェネイロはため息混じりにそう言った。





「じゃ、早速行くか!」

気を取り直して、シェネイロは言った。

「今日はどこに行く?」

グレンはワクワクしたような顔で、シェネイロを見つめる。

目がキラキラと輝いている。

こういうところは、まだまだ子供だ。

「そうだなぁ〜…。森に入って基地でも作るか?」

片眉をちょっとあげ、シェネイロはグレンの方を見る。

「基地…?」

「いやか?」

「う、ううん!全っ然!!面白そう!それって、秘密基地!?」

体の前で両手で拳を作り、グレンは満面の笑みを浮かべる。

「まぁ、そういうことになるな」

シェネイロはニヤリと悪戯っぽく笑む。

「かぁっこいい〜っ!!早速行こっ!!」









その日、グレンとシェネイロは日が沈むまで『秘密基地』づくりに没頭していた。

シェネイロがそれに気づき慌てて二人が家に帰ると、思った通り、

帰りが遅かったこと、服を泥だらけにしてしまったことで両親にこっぴどく叱られた。

だがシェネイロはともかく、グレンは怒られたのにも拘わらず、

ちっともしょぼくれたりはしなかった。

その日1日が、幼いグレンの胸に焼きついて忘れられない思い出となったのだから…。





だから、次の日に起きた事件は、グレンをこれ以上ないほどに絶望へと突き落とした。





「なぁ、グレン」

いつものように、グレンとシェネイロ一緒に遊んでいた。

と言うよりも、正確にはシェネイロの家の手伝い、だ。

二人はシェネイロの家の裏にある小さめの畑にできた野菜を、シェネイロの母、

マーディスと一緒に収穫していた。

「…っしょ…っと。え?何?」

大きな大根を、後ろに転げながらグレンは引っこ抜いた。

「今日の昼ご飯、オレの家で食べていかないか?」

「え!?で、でも…」

グレンはちらりとマーディスの方を見る。

彼女はジャガイモについた土を払っているところだ。

どうやら、グレンにも遠慮するという心があるらしい。

マーディスが今の言葉を聞いていたのか、くるりと振り返りにっこりと笑んだ。

「私は構わないわよ。

それに、グレンくんには畑仕事のお手伝いしてもらっちゃったしね。

お礼に、おばさんが美味しい料理をごちそうしてあげるわ!」

その言葉を聞いて、グレンの顔はすぐさまパァッと輝いた。

「うん!じゃ、オレちょっと母さんに言ってくるね!」

そう言って、グレンは自分の家へと急いだ。

その後ろ姿を、シェネイロは苦笑しながら、マーディスはフフッと笑みを浮かべ見送っていた。





「いっただっきまーっす!!」

グレンの嬉しそうな声が、シェネイロの家のダイニングに響いた。

シェネイロも、グレンと一緒に食べるのが嬉しそうに、満面の笑みを浮かべ食事を始めた。

二人の前に並ぶのは、マーディス特製の手料理。

さっき畑で取れたばかりの野菜をふんだんに使ったサラダ(ドレッシングも、もちろん自家製だ)、

オニオンスープ、ベーコンエッグなど、様々な料理が並んでいた。

「うわぁ〜…」

グレンの目がキラキラと輝いている。

どれから食べようか迷っているのだ。

「おいしそ〜…」

うっとりとした声と顔。

ほぅ、とため息をつく。

「まぁ…フフ…。たくさんあるから。どんどん食べてね」

マーディスは口元に手を当て、くすっと笑む。





グレンはまさにガツガツといった調子で食べていた。

手当たり次第に頬張っていく。

「ん……んぐ…うん。上手い…これも…んぐ…!!んぐっ!!」

グレンの動きが止まる。

「!?グレンっ!?お前、何やってんだよ、ほら、水っ!!」

急ぎすぎたためか、予想通り喉に詰まらせてしまったようだ。

すかさずシェネイロはグラスについだ水をグレンに手渡す。

「んっ!…んぐっ…ごくっ…ごくっ…」

音を立てて、グレンの喉を水が胃へと落ちていく。

「…ぷはぁ〜っ!!サンキュー、シェネイロ…」

グレンは、ハッハッハと笑って、シェネイロの肩を叩いた。

「落ち着いて食えって、まったく…」

苦笑しながら、シェネイロはグレンに言う。





「………」

グレンの手がピタリと止まった。

「?んぐ…ごくん。どした、グレン?」

シェネイロが、動きが止まったグレンの方を見やり尋ねた。

「……いや…」

そう言ったグレンの顔は、少し引きつっている。

ひょいとシェネイロがグレンの皿をのぞき込むと、そこにはオレンジ色の物体が2つ3つ…。

「…お前、もしかしてにんじん嫌い?」

グレンの皿の上には、綺麗に避けられたにんじんの塊があった。

「いや、そう言うわけじゃないんだけど…」

「じゃ、なんで食べないんだよ?

…まさか、オレの母さんの料理が食えないって言うんじゃ…」

今まであれだけ食べておいて、まさかそれはないだろうとシェネイロは思いながらも尋ねた。

「ちっ、ちがうよ!!なんて言うか…この色が…」

「…色?」

グレンの摩訶不思議な返答に、一瞬耳を疑うシェネイロ。

「いや…だって、オレンジ色だぜ?ありえないっつーか…。なんか不気味じゃねぇか」

眉をひそめて、グレンは力説をした。

「…お前、家でにんじん出ねぇの?」

シェネイロが素朴な疑問をぶつけた。

「………そういや、見たことない。オレンジが入ってるの……」

(マジかよ…。グレンの母さん、どんな料理作ってるんだ?)

グレンの家の料理が気になるシェネイロ。

「ま、いいから食ってみろって。結構上手いと思うけど…?」

そう言いながら、にんじんを1つ口に運ぶシェネイロ。

その姿を見て、グレンもにんじんを1つフォークに刺す。



ドクン…ドクン…



にんじんをじっと見つめるグレン…。

そして、そーっとにんじんを口に運び…、



ぱくっ



口に入れた。

「!?」

次の瞬間、グレンの顔が、真っ青になった。

(な…んだ!?)

やけにグニョリとした感触。

(気持ち悪ぃ…)

だが出してしまうのはいけないと思い、グレンは必死に飲み込んだ。

幸いマーディスは用事があると言って10分ほど前から外出していたので、

グレンの顔を見ずにすんだ。

シェネイロの父は、仕事で夕方まで帰ってこない。

「どうだった?」

シェネイロが感想を聞いてきた。

「…気持ち悪ぃ…。なんか、ヘンな感触が…」

口元を手で押さえ、口の中の味をかき消すように、舌を動かしている。

「ヘンな感触?」

「うん。…なんか、こう、グニョっと…」

「オレのはそんなんじゃなかったけど…。母さん、煮込みすぎたのか…?」

シェネイロは一人納得していた。





(もう絶対ににんじんなんか食わねぇ…!)

そして、グレンも一人決心していた。










06.07.18 加筆・修正
08.11.18 一部修正


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