第一章〜シオン少年〜

第一話




シナセラ歴3200年


「父さん、父さんっ!今日こそは一緒に森に連れて行ってよ!」

テスタルトの北側に位置する小さな村、トールト村の南端にある一件の小さな家から、

少し高めの元気な少年の声が聞こえてきた。

その声に続いて、母親らしい女性の声も聞こえてきた。

「まぁ、シオン。起きてきたら、まずは挨拶でしょう?」

「おはよっ!母さん!父さん!」

「おはよう、シオン。今日は早いな」

シオン・ガッシュナットの父、ヴィル・ガッシュナットが、湯気を立てている紅茶のカップから、

口を離して言った。

彼の口ひげが、喋るごとに微かに揺れた。

「シオン、席について」

台所から、ジュージューと音を立てているフライパンを持って、シオンの母、ジーナ・ガッシュナットが

出てきた。

「今日はベーコンエッグ?」

鼻をひくひくと動かしながら、シオンがジーナに訊いた。

シオンの鼻は、料理に関しては、特に良く利く。

「えぇ」

ジーナは微笑み、それぞれの皿に盛っていった。

おいしそうなベーコンエッグの載った皿が、目の前に運ばれてきて、シオンは目を輝かせた。

できたてのベーコンエッグのいい匂いが、部屋に立ちこめた。

「うっはぁ!いつ見ても母さんのベーコンエッグはおいしそうだなぁ!」

シオンの右手には、既にフォークの準備がされていた。

「ふふっ。おだてても何も出ないわよ」

ジーナはくすくすと笑った。

栗色の髪の毛が、優しく揺れた。

「おだててなんかないよぅ」

シオンはかわいらしく、頬を膨らませた。

「いっただっきまーすっ!」

シオンは元気よく言った。

その様子に、ヴィルとジーナは微笑む。

まだ小さな息子の無邪気な姿は、見ていて飽きないものだ。

「んぁっ!」

突然、シオンはがたがたっと音をさせ、椅子から立ち上がった。

その拍子に、危うくベーコンエッグの皿が床に落ちそうになった。

「なんだ?シオン」

ヴィルが、もう少し静かに食べなさい、とでも言うような目つきでシオンを軽く睨んだ。

「父さん、今日こそは森に…」

「だめだ」

シオンの言葉を遮るように、ヴィルはきっぱりと言った。

「どうしてぇ?」

シオンは頬を膨らませ、ふくれて見せた。

「森には危険な動物がたくさんいるんだ。それに、お前にはまだ早い」

「でも、もう僕5歳になるんだよ?」

「まだ半年はある」

ヴィルは少し溜息混じりに言った。

シオンの方は見ずに、目を伏せて残りの紅茶をすすった。

「ちぇっ」

シオンはしゅんとして、椅子に座った。

(ちょっとくらいいいじゃないか…)

シオンは、残りのベーコンエッグを、おいしくなさそうに口に押し込んだ。



「ごちそうさま」

朝食を食べ終えたシオンは、元気のない声で言った。

食事前のそれとは、全く逆だった。

皿を台所の流しに持って行き、2階にある自分の部屋に戻った。

シオンが2階に上がるのを、少しもの悲しそうな目で見送ったジーナは、椅子に座りヴィルに言った。

「…ねぇ、ヴィル」

ヴィルは、肩眉をちょっと上げ、目線をジーナに向けた。

「なんだ?ジーナ」

ジーナは少し言いにくそうな、困った顔でヴィルに告げた。

「もうそろそろ、シオンを森に連れて行ってもいいんじゃない?」

「うん…私も、そろそろ良いとは思うのだが…」

「だったら…」

ジーナはまるで自分のことのように、顔をぱっと輝かせ、ヴィルの方を見た。

ジーナの目は、何かを期待しているような目だった。

「だが、まだ駄目なんだ」

ヴィルの言葉で、ジーナの顔はさっきよりも困った顔になり、眉間に皺を寄せた。

「…どうして?」

「シオンには…あいつには、まだ森に入って狩りが出来る程の技術…というか、勇気がないんだ」

ヴィルは言いにくそうに、一言一言を区切って言った。

「勇気?」

「ああ」

「…難しいわね…」

ジーナは軽い溜息を一つついた。









08.12.01 一部加筆・修正


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