第一章〜シオン少年〜

第三話




「マーシュのおっちゃーん!」

シオンはマーシュの店に着くと、ドアを勢いよく開けた。

だが、カウンターにマーシュの姿はなかった。

それに気付いたシオンは、少し残念そうに、カウンターの中に入り、その奥に続く

2階への階段から、マーシュを呼んだ。

マーシュは、客が来ない時には決まって2階に上がり、本を読んでいた。

彼の読書好きは有名で、2階にある部屋はぎっしりと詰まった本棚でいっぱいだという

噂もある。



しばらくして、あいよーっと言う、少し鼻にかかるような特徴のあるマーシュの声が返ってきた。

続いて、ドタドタとマーシュが階段を下りてきた。

「おう!ガッシュナットんとこのシオンじゃねぇか。今日はお使いかい?」

「うん!」

シオンは、首がちぎれんばかりに大きく頷いた。

「で?今日は何を買いに来たんだい?」

「え〜っとねぇ…。ぶどう酒を2本下さいっ!」

「あいよ。今日も元気がいいね。よ〜しっ!お使いのご褒美に、上手いクッキーのおまけをつけて

やろう!これは、俺のかみさんの手作りだからな!うまいぜ。俺が保証する」

そう言って、マーシュは胸の辺りをドンと叩き、ウィンクをした。

「うんっ!ありがとっ!」

シオンも、ニカッと白い歯を見せて笑って見せた。

そのシオンの顔には僅かながら悲しみの色も垣間見えたが、マーシュは気付いてはいなかった。

もちろん、シオン自身も。

シオンは、知らぬうちに母親のことで頭がいっぱいになってしまっていた。





シオンとマーシュは、その後しばらく他愛もない会話をしていた。









「あっと!もうこんなに日が高くなってる!そろそろ帰んなきゃ、母さんに叱られちゃう!」

「おう、すまんかったな、シオン」

マーシュは、シオンを見送るため、シオンと一緒に店の外へ出た。

「ううん。じゃ、さよなら、おっちゃん!」

シオンはそう言って駆けだした。



「やれやれ…あの子もだいぶ変わっちまったな」

マーシュは軽い溜息をついた。

シオンを見つめる目は、少し悲しそうだった。

「おっと。そろそろ仕事に戻るか」

その時、マーシュの背後から、客の呼ぶ声が聞こえた。

「今行くよ!」

そう言って、マーシュは店の中へと戻って行った。









(ヴィル、ジーナ…シオンを大切にしてやれよ…。もう、お前達には時間が…)



マーシュは、青く澄み切った空を見上げ、また溜息をついた。









08.12.01 一部加筆・修正


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