第二章〜マントと木刀〜
第一話
シオンが、母ジーナの不思議な行動を目撃した日から、4ヶ月が経った日のことだった。
今日は、トールト村では珍しい天候だった。
トールト村は、全体的に寒くもなく暑くもない、春のような気候だ。
雨は滅多に降らないが、乾燥したりもしていない。
とても住み心地の良いところなのだ。
だが、今日に限って、湿り気が多い。
空はいつものように、青く澄み渡っているが、なぜか落ち着かない。
こんな事は今までにはなかったことだ。
だが、このことも、あの事件の起きた今となって考えてみると、事件の起こる予兆だったのかもしれない。
「ねぇ、母さん」
「なぁに?シオン」
「父さん、最近森へ行ってないけど、もう森へは行かないのかなぁ?」
朝食のミートパイを突きながら(ジーナは、食べ物で遊んではいけません、と叱ったが)、ジーナに訊いた。
「え…ええ。父さん、最近ちょっと具合が悪いみたいなのよ…」
ジーナは、少し焦ったような口調で、半ばごまかし気味の声で答えた。
「えっ!それ、本当なの?父さん…大丈夫かなぁ…」
シオンは、ミートパイを突くのを止め、深刻そうな顔つきになった。
シオンが俯いていたその時、ジーナが複雑な顔つきになったのを、シオンは気付かなかった。
その顔は、まだシオンに何かを隠しているような…。
ちょうどその時、ヴィルが部屋に入ってきた。
「ゴホッ…」
ドアに手をつき、歩きづらそうにしている。
「!ヴィル!まだ寝ていなくちゃ駄目じゃない…。大丈夫なの?」
ジーナは、すぐさま夫に駆け寄り、青白い顔のヴィルの背中をさすってやった。
「父さんっ!」
シオンも椅子から立ち上がり、父親のところへ駆け寄った。
ジーナとシオンは、ヴィルを椅子に座らせてやった。
「ああ…ジーナ、シオン…。私は大丈夫だ…ゴホッ」
ヴィルの顔つきと声からは、とても大丈夫そうには見えない。
「すまない、ジーナ、そこの薬を取ってくれないか?」
ヴィルは、咳を立て続けにし、少し苦しそうにして、棚を指しジーナに言った。
「ええ。ちょっと待って」
ジーナは棚に置いてある薬を取り、グラスに水を注いだ。
ヴィルはそれを受け取り、ゆっくりと飲み込んだ。
「ふぅ…」
薬を飲み込んだヴィルは、一息ついた。
その様子を、ジーナとシオンは、心配そうに見守っていた。
特に、ジーナの顔は、蒼白していた。
「…シオン」
「…なに?」
ヴィルは、話すことさえ辛そうだった。
その様子を見たシオンは、心配そうに返事をした。
「すまないが、父さんは、もう森へは行けなくなってしまった」
シオンはいきなり父親の振ってきた言葉に対して、少し理解が遅れ、暫くの遅れの後驚きを隠せない声で言った。
「!どうして!?」
あまりに突然な事に、シオンはびっくりした。
ヴィルは力なく微笑み、シオンに告げた。
「父さんは、もう…ゴホ…前のように、獲物を追いかけて走ることが出来ない。シオンも見て分かるように、
病気にかかってしまってね…。
だから、もう森へは行けなくなってしまったんだ。
シオン、すまない…」
シオンは、黙って首を横に振った。
「いいんだ、父さん。でも、その代わり、僕に獲物の捕り方、教えてよ」
せめてこれだけは、と言うように、シオンはヴィルに言った。
「ああ。もちろんだよ」
シオンの気持ちを察したかのように、ヴィルは微笑み頷いた。
「だが、シオン。そのことは明日でもいいかい?今日はちょっと、もう疲れてしまった。
…もうベッドに入って休みたいんだ…」
「うん、いいよ!でも、明日、必ず教えてね」
「ああ」
シオンは、『必ず』のところを強調し、念を押すように、もう一度<、
「絶対だからね!」
と、言った。
その2人のやりとりを見ていたジーナは、ゆっくりと微笑んだ。
そのジーナの目には、微かに涙が滲んでいた。
その涙の訳を知っているのは、ヴィル、マーシュの2人だけだった。
シオンは、もちろん知る由もなかった。
08.12.07 一部加筆・修正
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