第二章〜マントと木刀〜

第四話




そして、ヴィルはその3日後に、この世を旅立った…―。

シオンとの、約束の日に…―――。





彼の葬儀には、村の全員が出席した。

村一番の酒屋であり、ヴィルの幼なじみでもあったマーシュの姿も、もちろんそこにあった。

いつもにこにこしている彼の顔も、さすがに今日は沈んでいた。



「まさか…、こんなに早く…逝っちまうなんてな…」

マーシュは、隣にいたジーナに、ぽつりと言った。

「ええ…。私も、まさかこんなに早く…居なくなってしまうなんて…」

ジーナは、目から溢れ出る涙を、ハンカチで拭いながら言った。

2人は、地面に目を落としたままで、顔を合わせようとはしなかった。





村人達が、一人一人ヴィルの入った棺の中に花を手向けていった。

花を手向ける時に、誰の意思でもなく、皆がヴィルに最後の言葉を告げた。



「ヴィル…世話ンなったな」

「俺は最後まで、お前の狩りの腕には敵わなかったな…」

「ヴィル、いつも私の下手くそな料理を、試食してくれてありがとう…。少しは上達、出来たかしら…?」



村人達の目には、涙が光っていた。

そして、村人全員が終わり、最後にジーナとシオンの番になった。



ジーナは一歩、前へ出た。

「ヴィル…、私はあなたに出会えて、本当によかったと思っているわ。

毎日がとても幸せだった…。

あなたには、感謝をしてもしきれないほど、たくさんのものを貰ったわ。

ありがとう。



…またいつか、どこかで会ったら、その時は、また私の名前を呼んでくれるかしら…?」

ジーナは囁くように、だがはっきりした声で、ヴィルに別れを告げた。

ヴィルに最後の笑顔を向けた。

涙をこらえた、必死の笑顔…。

(笑顔を作るのは、こんなにも…大変なのね…)

「さようなら、ヴィル…」

そして、ヴィルの手の上に、花を置いた。

そのままゆっくりと、ヴィルの顔を撫で、彼女は彼に最後のキスをした。

今までの感謝と愛を込めた、最後の口付けを。



そして、一歩下がって、シオンに言った。

「さぁ、次はあなたの番よ。ちゃんとお父さんにお別れ出来るわね…?」

シオンは何も言わずに、ただコクンと頷いた。

村人とジーナに見つめられる中、シオンは棺の前へ歩み出た。

シオンの顔は、無表情だった。









しばらくしても、シオンは何も言わず、花も手向けようとはしなかった。

「シオン…?どうしたの?」

何の行動も起こさないシオンを見て、ジーナは心配になり声を掛けた。

マーシュも、シオンの様子がおかしいことに気付いた。
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「とうさ……き」

「え?」

シオンの呟いた言葉は、ジーナには聞き取れなかった。

そして、シオンはいきなり大声で叫んだ。



「っ父さんの嘘つきっ!!」

「ちょっ、シオン!?」

シオンの言葉に、ジーナは訳が分からず叫んだ。

マーシュや村人も、一体何事だ、とざわつき始めた。

「父さん、一緒に森に連れて行ってくれるって言ったのに!

嘘つき…父さんの嘘つきィっ!!!」

シオンは泣き叫んだ。

その、あまりに突然な出来事に、ジーナやマーシュ、村人達は、ただおろおろするだけだった。

誰一人、何も出来ず、ただシオンを見ていることしか出来なかった。



「う…、っわああぁぁあああーーーっっ……」

シオンの心に共鳴するかのように、さっきまでヴィルの死を忘れさせてくれるように晴れ渡っていた空から、

ポツリポツリと雨が降り出した。

シオンの顔に雨粒がつき、涙と一緒に頬を流れ、地面を濡らした。

地面には、次々と黒い粒の跡が増えていった。



そして、シオンはついにヴィルの入った棺の上に倒れ込んでしまった。

「父さん、父さっ…」

シオンはしゃくりを上げた。

そして…、

「父さん…行っちゃやだよ…行かないでよっ…っ…」

それが、シオンの本当の気持ちだった。

強がっていても、やはり気持ちは抑えられない。

今のシオンには、もう約束の事などどうでもよかった。

ただ、父さんが還ってきてくれればいい、そう思っていた。

だが、もうヴィルは還っては来ない。

シオンにも、それは分かっていたが、やはりそう願いたかった。

「…シオン…」

堪りかねたジーナは、シオンを優しく抱き寄せ、胸の中に抱いた。

「…泣かないで、シオン…」

ジーナの頬にも、涙が一筋光っていた。

シオンは、時間の経つのも忘れ、いつまでの母親の腕の中で泣いていた…。









08.12.07 一部加筆・修正


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