第二章〜マントと木刀〜

第五話




ヴィルの葬儀が終わり、2ヶ月経った頃だった。

シオンもようやく吹っ切れ、それまでの元気と笑顔を取り戻していった。

今では、実際に森には入っていないが、マーシュや他の村人に、狩りの方法を教わっていた。





「母さーんっ!」

シオンが、2階から勢いよく降りてきた。

「まぁ、シオン。そんなに慌てて…。何かあったの?」

ジーナはくすくすと笑いながら言った。

「きょっ、今日は、何の日か、覚えてるっ?」

勢いよく階段を駈け降りたため、息が少し切れていた。

「あら?何の日だったかしら?」

「えーっ!母さん、忘れちゃったのぉ!?」

シオンが、眉間に皺を寄せ、頬を膨らませた。

「今日は僕の…」

「はいはい。ちゃんと覚えてるわよ。今日はシオンの誕生日でしょう?」

ジーナは、にっこりと微笑んだ。

ジーナの言葉を聞いて、シオンの顔はパッと輝いた。

「じゃあ、今日はごちそう?ケーキ、作るの?」

シオンはわくわくして、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

「ええ、もちろん。今日は腕によりを掛けて、ごちそうとケーキを作るわよ!」

ジーナは腕まくりをして、ウィンクをして見せた。

「やっっ……」

「?」

「……ったぁーっ!!」

「まぁ…。シオンったら…ふふ」

シオンは思い切り飛び跳ねた。

床から50センチ程離れていた。

「僕、マーシュのところに行ってくるね!」

「ええ、いってらっしゃい。気をつけてね」

「うんっ!」

シオンは既に玄関へ向かって走り出していた。

「ふぅ…。さて、と。ごちそうの下ごしらえでも始めましょうか」

ジーナの顔には、笑顔が広がっていた。








「おっちゃーんっ!」

シオンは、店の外に出て、フォーディックと何やら話し込んでいた。

2人の顔からは、深刻そうな話だということが伺える。

だが、嬉しさで満たされているシオンは、それに気付いていない。

シオンに気がついた2人は、体をビクッと動かした。

それは、ヴィルが逝ってしまう少し前のジーナの様子とそっくりだった。

「あ、ああ、シオン。今日はどうしたんだい?お使いかい?」

マーシュは、明らかに動揺していた。

が、今、幸せの有頂天にいるシオンは全く気付いていない。

「じゃ、じゃあマーシュ、俺はこの辺で失礼するよ。またな」

「あ、ああ。じゃあな」

フォーディックは、そそくさと立ち去って行った。



「おっちゃん、おっちゃん!今日が何の日か知ってる?」

シオンは、かなり興奮していた。

「え?え〜っと…」

なかなか答えないマーシュが、シオンにはじれったい。

そして、シオンはついに自分で言ってしまった。

「あのね、今日は、僕の誕生日なんだ!」

シオンは、両手を思い切り広げて、喜びの大きさを表現した。

(シオンの両手では、今のこのシオンの喜びは説明できそうもないが。)

「ほう!そいつぁ、めでたいな!で、いくつになったんだ?ん?」

マーシュは、目を真ん丸にして驚いて見せた。

「へっへ〜」

鼻の下を人差し指で掻き、マーシュの前に五本指を突き立てた。

「5歳だよ!」

シオンは、自慢気に胸をふんぞり返して言った。

その、得意気で無邪気な様子を見たマーシュは、思わず顔がほころんだ。

「すっごいでしょ!」

「いんや」

マーシュは、そんなこと大したことない、と言うように首を横に振った。

「えーっ?どうしてぇ?」

マーシュの思いがけない言葉に、シオンは頭上に「?」マークを浮かべ、マーシュに訊いた。

そんなシオンを見て、マーシュは悪戯っぽく言った。

「俺の方がもっとすごいぜ」

マーシュも、シオンに負けじと、胸をふんぞり返して言った。

「む〜。じゃあ一体、マーシュは何歳なんだよぅ!」

「俺か?俺はな、聞いて驚くなよ?ふっふっふ…34歳だ」

「えーっ!うっそだー!」

シオンは疑いの眼差しで、冷やかすようにマーシュに言った。

「嘘なもんか」

嘘だ、と言われたマーシュはほんの少し、大人気なくムッとした。

「ほんとに?」

「ああ。本当だとも」

マーシュは大きく頷いた。

それを見たシオンは、嘘じゃないと思い、

「…ちぇっ」

と、口をとがらせた。

「ははは。でもまぁ、これでお前もちったぁオトナになったってモンだ。おめでとよ」

「うん!ありがとう」

シオンの顔には、笑顔が広がった。

「今日は、ジーナにごちそうを作ってもらうのか?」

「うん!あとね、ケーキも作ってもらうんだ!」

「そりゃ羨ましいな。ジーナの料理は、最高にうまいからな。

ま、俺のかみさんの方が一番だけどな」

マーシュも、シオンに負けず劣らず、自信たっぷりに言った。

それも、しれっと惚気のおまけつき、だ。

シオンは言い返そうとしたが、もう大人なんだ、と思い言いとどまった。



「おう、そうだ」

マーシュは、手を打った。

「ちょいと今から、お前の家に行っても良いか?」

「?うん、いいよ。でも、なにするの?」

「いや、ちょいとジーナに頼まれ事があってな」

マーシュは、何かを隠していた。

(ジーナ…)

マーシュは、店番をナシャエム(マーシュの”かみさん”)に任せ、

シオンと共にジーナの元へと向かった。









08.12.07 一部加筆・修正


[NEXT]
[BACK]