第三章〜グレンとの出会い〜
第三話
「あっれ〜…?」
しばらく探してみたが、シオンはなかなかグレンの姿を見つけられないでいた。
(っかしいな〜…)
確かにこっちの方向に来ていたのに、と眉間に皺を寄せ、シオンは困り果てた。
いったん立ち止まって、もう一度周りを見てみる。
だが、やはりグレンの姿はない。
「…ちぇっ」
舌打ちをし、諦めて再び歩き始めた。
シオンは村の入り口近くを歩いていた。
丁度、入り口に流れる小川に架かっている橋の前に来た時だった。
「ぉわっ!?」
(な、なんだぁっ!?)
シオンは何かに躓いて、
「わっ…、わったた…」
手をばたばたさせて、バランスを取り戻そうとした。
が、
ドシャッ
「…って〜!」
努力の甲斐無く、地面に顔から派手にこけた。
「いてててて…」
(なんだなんだ〜っ!?)
シオンは辺りを見回す。
だが、何もない。
「…?」
と、その時。
「っぷ…ははははは!ばっかじゃねぇの〜?」
橋の入り口の柱の影から、腹を抱えて笑う人影が出てきた。
それは…、
「おっ、おまえっ!」
シオンは、その人影を指さした。
そいつは、シオンが今までずっと探していたグレンだった。
『おまえ』と呼ばれたグレンは、眉間に皺を寄せた。
「おい、おまえ。何様のつもりだよ?
俺にはなぁ、グレンって言うカッチョイイ名前があるんだよ。
わかるか?シ・オ・ン!」
グレンは小さな子供に説明するように(実際に自分も小さいのだが)、
ゆっくりと一言一言を区切り、シオンの鼻先に指を突きつけて言った。
その偉そうな口調に、シオンはカチンときた。
そして、体を起こし、自分もグレンの鼻先にぐいっと顔を近づけた。
「っなんだと〜!?」
自分と同じくらいの年なのに、見下されているようで悔しい。
「はっ。なんだよ?」
グレンは鼻で笑い、シオンを見下したような目つきになった。
やはり、シオンは見下されていた…。
(なんだよなんだよなんだよ!グレンめ〜…!)
シオンの顔が、茹でダコのように真っ赤になっていった。
グレンは、余裕綽々で、頭の後ろで手を組んでいる。
「〜〜〜〜!!!」
シオンは言い返す言葉が見つからなかった。
グレンには、何を言っても勝てない気がした。
(くっそぉ〜っ!)
イライラはどんどん募る。
「っていうかさ〜…」
グレンが口を開いた。
そして、シオンの頭からつま先をまじまじと見て、
「おまえのその格好…ダッセ〜。ぷぷ。笑っちゃうね」
はっきりと言い放った。
この言葉に、さすがのシオンも言葉を返さざるを得なかった。
「なっ…!」
シオンの怒りは爆発した。
自分自身のことはともかく、母さんの形見やマーシュのくれたプレゼントのことを馬鹿にされるのは、
いくらシオンでも我慢できない。
「っ…」
シオンの肩は小刻みに震えていた。
シオンの目は怒りに満ち、グレンをギッと睨んでいた。
そして…、
「もう、我慢の限界だっ!」
シオンはグレンに向かって右手拳を突き出し、殴りかかった。
が。
「おっと」
グレンは不意を突かれたのにも拘わらず、ひらりと軽やかに避けた。
とても5歳児の動きには見えない。
軽々と避けられたシオンは、その後も次々とパンチを繰り出すが、一発もグレンに当たらない。
「へっ!なんだよ!当たるのが怖いのかよ?逃げてばっかじゃん!」
シオンは笑みをこぼしながら言った。
その言葉には、負け惜しみも含まれていた。
「むっ!」
それまでシオンのパンチをひょいひょいとかわしていたグレンだが、この言葉にはカチンときた。
そして、今まで手加減してやってたんだぞ、と言わんばかりに、体制を立て直し、
「やってやろうじゃねぇか!」
と、グレンもシオンに向かってパンチを繰り出した。
ガッ!
シオンの左頬に、グレンのパンチが当たった。
「っがっ!」
ズザッ
シオンは道の上に倒れた。
受け身を取る際に、右肘をこすり血が滲んでいた。
また、口の端からもわずかに血が滲んでいた。
口の中を切ったようだ。
その血を、シオンは手の甲で拭った。
「へっ。おまえ、なかなかやるじゃん」
(こいつ…はやい!)
シオンはグレンを見上げた。
思っていたよりもグレンは強く、シオンの体に鳥肌が立った。
村には同年代の友達が少なかったせいか、今までこんな体験はしたことがなかった。
言わば、グレンはシオンにとって、初めてのライバルのような存在だったのだ。
「次は食らわないからなっ!」
勢いを付け起き上がった。
それと同時に、パンチを繰り出す。
「っ!」
その瞬間シオンは、
(入った!)
と確信した。
心の中でガッツポーズをした。
不意を突かれたグレンは、避けきれずシオンのパンチを左頬に食らった。
だが、グレンは、なんとか踏みとどまった。
(ちっ)
シオンは心の中で舌打ちをした。
(上手く入ったと思ったのに。やっぱりこいつ、なかなか手強い…)
ジリッ…
緊迫した空気が、辺りに漂う。
二人とも、気を緩めない。
真昼の太陽が、二人をじりじりと照らす。
二人の額からは、玉のような汗が滝のように流れていた。
一つ、また一つ、地面にしたたり落ち、黒い跡になる。
それはすぐに地面に吸い込まれ、消えていった。
09.01.07 一部加筆・修正
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